2026年6月28日〜7月2日にサンフランシスコで開催された「AI Engineer World's Fair 2026」における、Anthropic・Claude Codeチームのエンジニア Thariq Shihipar(タリク・シヒパー)氏(X: @trq212)の基調講演 "A Field Guide to Fable" をもとに、日本語で再構成した講演録です。講演動画は2026年7月6日(米国時間)にYouTubeで公開されました。訳出にあたり主要な事実関係を確認し、文末に「ファクトチェックメモ」を付しています。
https://www.ai.engineer/worldsfair/2026
こんにちは、タリクです。私はAnthropicで「Claude Code」の開発に携わっています。始める前にひとつ——私たちのチームには、登壇前に自撮りをするという伝統があります。よければ一緒にポーズを。このAIエンジニアの祭典で、手早く一枚。はい、バッチリです。
さて本題です。先ほど発表があった通り、最新モデル 「Fable」(Claude Fable 5) が戻ってきました。本日の後半には提供を再開する予定です。正確な時間は続報をお待ちください。
https://note.com/aicu/n/n6cedc9e3d38f
Fableは、私が本当に、本当に楽しみにしている存在です。私なりに表現するなら「地図が開けていくような感覚」——RPGでチュートリアルが終わり、オープンワールドが始まる地点に立ったような感じです。できることや探索できる領域が一気に広がる。同時に、少し圧倒されもします。あまりに選択肢が多いからです。
そこで今日は、皆さんにFableの「実地案内(フィールドガイド)」をお渡しします。もともと連載記事として書いていたものですが、Fableの再始動に合わせて、この講演で一気に駆け抜けます。主題は4つです。
私たちがよく口にする言葉に、「AIモデルは設計されるのではなく、育てられる(grown, not designed)」というものがあります。ある朝起きて「コーディングベンチマークで最高得点を出すぞ」と設計図を引くわけではありません。データとフィードバックと計算資源を与えながら、慎重に育てていく。つまり究極的には少し有機的な存在であり、使いながらその特性を理解していくものなのです。
だからこそ、モデルの能力を制限しているのはしばしば「私たち自身」です。私たちが用意するハーネス(実行環境の枠組み)やプロンプトの出し方は、私たちのClaudeに対する理解度に依存しています。「足かせを外す(unhobble)」とは、その力を解き放つために、私たちが相手をより深く理解するという意味です。Fableにはまだ、解き放つべき可能性がたくさん眠っています。
直感に反する簡単な例を挙げましょう。少し前、「なぜ言語モデルは名前が“aw”で終わるポケモンを答えられないのか?」という投稿が話題になりました。ポケモンは約1,000種いますが、英語名が "aw" で終わるのは実は2種だけ(Croconaw=アリゲイツ、Drednaw=カジリガメ)。普通のチャットAIに聞いても答えられません。全ポケモンの名前を知っているはずなのに、です。
しかしClaude Codeなら答えられます。全ポケモンの一覧を取得し、"aw" で絞り込むスクリプトを自分で書くからです。モデルが突然すべてを暗記し直したわけではありません。私たちはこれを「潜在能力の未活用(capability overhang)」と呼んでいます。モデルは「尖った形(spiky)」で賢くなる。どの尖りに届くかは、与える道具が決めるのです。
Fableでの課題の一部は、この capability overhang を見つけ出し、「いま何が可能になったのか」を把握することです。ハーネスの進化を振り返ってみましょう。
これは物理学というより生物学に近い領域です。依然として経験則的で有機的なので、Fableもそのように直感的に扱ってみることをお勧めします。
Fableを使う際には「自分自身の足かせ」も外す必要があります。ここで私がよく考えるのは、「地図は領土そのものではない(The map is not the territory)」という言葉です。
開発において、頭の中の計画や仕様書が「地図」だとすれば、「領土」は実際のコードベースや現場の制約です。Claudeが領土の中で、地図に書かれていない事態に遭遇したとき——私はそれを「未知(unknown)」と呼んでいます。Fableは、自律的な探索範囲が広いがゆえに、「自分の無知を先に明らかにしておかなければ」と私に強く感じさせた最初のモデルです。
どんな問題にも、認識を整理する「無知の行列(The Unknown Matrix)」があります。
・Known Knowns(既知:知られた知識):自分が知っているとわ 分かっていること。プロンプトに書いているのは通常ここだけ
・Known Unknowns(既知の未知):まだわ 分かっていないと自覚していること
・Unknown Knowns(常識:未知の既知):自明すぎて誰も書き留めない知識。見ればわかるのに、当たり前すぎて言語化されない常識
・Unknown Unknowns(未知の未知):そもそも考えていなかった観点。知らないことすら知らないこと
Fableでこれらを掘り起こすアプローチをいくつか紹介します。
これが作業の「輪(ループ)の中に居続ける」ための最良の手段です。
初めてFableを本格的に使ったとき、私は大きな「獲得感」と同時に「喪失感」も覚えました。
AI以前の開発現場を思い返すと、まるで異国にいたかのようです。私は以前、Y Combinator出身の約30人規模のゲーム系スタートアップを経営していました。
開発には膨大な手間がかかるため、パフォーマンス改善か新機能か、常に厳しいトレードオフを強いられていました。数週間前、当時やりたかったことをFableと一緒にやってみたら、数週間かかったはずのことが数時間で終わりました。笑うしかない——正直、泣きたくもなりました。
私は手でコードを書くのが本当に好きでした。頭の中でシステム全体の構造を思い描き、回転させる感覚が好きだった。しかし同時に、深夜までデバッグに追われ、何週間も前進できず、ほとんどのプロジェクトが失敗し、ほとんどのスタートアップが死んでいくことも覚えています。プログラミングは根本的に、極めて難しい仕事でした。
あの手作りの達成感は好きでしたが、もうあの頃には戻れません。唯一の出口は、前へ進むことです。喪失は喪失として悼みつつ、作業のループの中に留まり、足かせを外し続ければ、私たちは必ず新しい高みに到達できます。その向こう側には、ずっと多くのものが待っているはずです。
最後に、その「ずっと多くのもの」の話をします。私はこれを「常識破りになる(Being unreasonable)」と呼んでいます。
Anthropicの企業文化で私が好きなのは、「トレードオフは実在しない」と信じているところです。以前の会社では、私は非常に「分別のある(reasonable)」人間として優先順位をつけ、妥協を受け入れてきました。しかし——もし全部やったらどうなるか? 妥協を強いる側に、現実のほうを回してみてはどうか?
FableやClaudeの計算力は、私たちが無意識に受け入れてきた「常識」や「妥協」の前提を変えてしまいます。「うまい・はやい・やすい(good, fast, cheap)——2つ選べ」と言われてきた仕事で、いまなら「三方よし」を選ぶことができる。より野心的な仕事をするには、私たち自身が限界を決めつけず、思考の枠組みを組み直すしかありません。私たちが正しい道を進んでいると証明する唯一の方法は、人生で最高の仕事を、かつてない速さでやり遂げることだからです。
実はこの発表資料も、昨晩Fableを使って約4時間で作りました。想像以上に速く、しかも気に入る品質でできました。
ただし、ひとつ釘を刺しておきます。作ることは簡単になりましたが、真の価値を生み出すことは依然として困難です。 私たちはハーネスやツールの最適化に気を取られがちですが、本来の目的は「価値を生み出すこと」。何度もバットを振り、価値ある成果に挑戦し続けることこそが真の目標です。
世界は、この技術が一過性の流行ではなく、私たちをより生産的にし、時間を取り戻してくれるものだと証明されるのを待っています。私の今年の目標は、より高い成果を出しつつ労働時間を減らし、大切な人と過ごす時間を増やすことです。
ぜひ探索に出かけ、現実のものにし、そして——もっと常識破り(unreasonable)になってください。ありがとうございました。
https://note.com/o_ob/n/n440bd9b45e0c
Originally published at note.com/aicu on Jul 13, 2026.