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【講演録】Claudeの足かせを外し、「無知の知」を知り、喪失感と向き合う常識破りになれ—Anthropicエンジニアが語る「Claude Fable」ガイド

作成者: AICU Japan|2026/07/14 15:45:16 Z

2026年6月28日〜7月2日にサンフランシスコで開催された「AI Engineer World's Fair 2026」における、Anthropic・Claude Codeチームのエンジニア Thariq Shihipar(タリク・シヒパー)氏(X: @trq212)の基調講演 "A Field Guide to Fable" をもとに、日本語で再構成した講演録です。講演動画は2026年7月6日(米国時間)にYouTubeで公開されました。訳出にあたり主要な事実関係を確認し、文末に「ファクトチェックメモ」を付しています。

https://www.ai.engineer/worldsfair/2026

こんにちは、タリクです。私はAnthropicで「Claude Code」の開発に携わっています。始める前にひとつ——私たちのチームには、登壇前に自撮りをするという伝統があります。よければ一緒にポーズを。このAIエンジニアの祭典で、手早く一枚。はい、バッチリです。

さて本題です。先ほど発表があった通り、最新モデル 「Fable」(Claude Fable 5) が戻ってきました。本日の後半には提供を再開する予定です。正確な時間は続報をお待ちください。

https://note.com/aicu/n/n6cedc9e3d38f

Fableは、私が本当に、本当に楽しみにしている存在です。私なりに表現するなら「地図が開けていくような感覚」——RPGでチュートリアルが終わり、オープンワールドが始まる地点に立ったような感じです。できることや探索できる領域が一気に広がる。同時に、少し圧倒されもします。あまりに選択肢が多いからです。

そこで今日は、皆さんにFableの「実地案内(フィールドガイド)」をお渡しします。もともと連載記事として書いていたものですが、Fableの再始動に合わせて、この講演で一気に駆け抜けます。主題は4つです。

  1. クロードの足かせを外す(Unhobbling Claude)
  2. 無知の領域を見つける(Finding your unknowns)
  3. 喪失感と向き合う(Dealing with the grief)
  4. 常識破りになる(Being unreasonable)

1. クロードの足かせを外す(Unhobbling Claude)

私たちがよく口にする言葉に、「AIモデルは設計されるのではなく、育てられる(grown, not designed)」というものがあります。ある朝起きて「コーディングベンチマークで最高得点を出すぞ」と設計図を引くわけではありません。データとフィードバックと計算資源を与えながら、慎重に育てていく。つまり究極的には少し有機的な存在であり、使いながらその特性を理解していくものなのです。

だからこそ、モデルの能力を制限しているのはしばしば「私たち自身」です。私たちが用意するハーネス(実行環境の枠組み)やプロンプトの出し方は、私たちのClaudeに対する理解度に依存しています。「足かせを外す(unhobble)」とは、その力を解き放つために、私たちが相手をより深く理解するという意味です。Fableにはまだ、解き放つべき可能性がたくさん眠っています。

直感に反する簡単な例を挙げましょう。少し前、「なぜ言語モデルは名前が“aw”で終わるポケモンを答えられないのか?」という投稿が話題になりました。ポケモンは約1,000種いますが、英語名が "aw" で終わるのは実は2種だけ(Croconaw=アリゲイツ、Drednaw=カジリガメ)。普通のチャットAIに聞いても答えられません。全ポケモンの名前を知っているはずなのに、です。

しかしClaude Codeなら答えられます。全ポケモンの一覧を取得し、"aw" で絞り込むスクリプトを自分で書くからです。モデルが突然すべてを暗記し直したわけではありません。私たちはこれを「潜在能力の未活用(capability overhang)」と呼んでいます。モデルは「尖った形(spiky)」で賢くなる。どの尖りに届くかは、与える道具が決めるのです。

Fableでの課題の一部は、この capability overhang を見つけ出し、「いま何が可能になったのか」を把握することです。ハーネスの進化を振り返ってみましょう。

  • コンテキスト: 当初は「巨大なコンテキストウィンドウにコード全体を詰め込む」発想でしたが、環境を操作する手段を与えれば、モデル自身が検索し、必要な文脈を自ら構築できると分かりました。
  • 自律性: 主体的に動く仕組みを与えたことで、人間の指示を待たずに自ら仕事を進めるエージェントの波が生まれました。
  • システムプロンプト: 初期は「短く、具体例を多く」が定石で、その後「長く詳細に」へ。しかしFable級のモデルでは逆に「より少なく、小さく」が正解だと分かり、Claude Codeでは実際にシステムプロンプトの約80%を削減しました。過剰な具体例は、例よりも想像力豊かなモデルをかえって縛ってしまう。いまは制約ではなく「背景となる文脈」を与えるようにしています。
  • ツール: 利用者に質問を投げかける AskUserQuestion ツールは、Opus 4の頃はかなりの調整を要しましたが、Fableでは対話型のHTMLアンケート画面まで自作するようになりました。出力も単純なテキストから、画面設計を伴うリッチな成果物へと進化しています。

これは物理学というより生物学に近い領域です。依然として経験則的で有機的なので、Fableもそのように直感的に扱ってみることをお勧めします。

2. 「無知の知」を見つける(Finding your unknowns)

Fableを使う際には「自分自身の足かせ」も外す必要があります。ここで私がよく考えるのは、「地図は領土そのものではない(The map is not the territory)」という言葉です。

開発において、頭の中の計画や仕様書が「地図」だとすれば、「領土」は実際のコードベースや現場の制約です。Claudeが領土の中で、地図に書かれていない事態に遭遇したとき——私はそれを「未知(unknown)」と呼んでいます。Fableは、自律的な探索範囲が広いがゆえに、「自分の無知を先に明らかにしておかなければ」と私に強く感じさせた最初のモデルです。

どんな問題にも、認識を整理する「無知の行列(The Unknown Matrix)」があります。

 

・Known Knowns(既知:知られた知識):自分が知っているとわ 分かっていること。プロンプトに書いているのは通常ここだけ

・Known Unknowns(既知の未知):まだわ 分かっていないと自覚していること

・Unknown Knowns(常識:未知の既知):自明すぎて誰も書き留めない知識。見ればわかるのに、当たり前すぎて言語化されない常識

・Unknown Unknowns(未知の未知):そもそも考えていなかった観点。知らないことすら知らないこと

Fableでこれらを掘り起こすアプローチをいくつか紹介します。

  • 死角の確認(blind-spot pass): 新しい技術を導入する前に「考慮漏れの死角をチェックして」と頼むと、専門家としてよくある落とし穴を教えてくれます。
  • 着想と試作(brainstorming & prototypes): 言葉にできない視覚的な感覚を補うため、方向性の異なる複数のデザイン案を作らせ、対話しながら正解を絞り込みます。仕様書を書く代わりに「私は視覚のセンスに自信がない。選択肢を見せて」と頼むのです。
  • 面接(interview): 概要しか決まっていないなら、逆にモデルに「私にインタビューして」と頼みます。重要な質問を投げかけてもらうことで、1時間かけて書く仕様書より良いものが5分で得られます。
  • 参照情報(reference): 別のプログラムや試作画面を「地図」として渡す。地図の説明文より、地図そのものが勝ちます。
  • 実装の記録(implementation notes): 実行中に予期せぬ事態に遭遇したら記録を残すよう頼み、計画から逸脱した理由を後から把握します。
  • クイズ(quiz): 作業完了後に「何が起きたのかクイズを出して」と頼む。自分が状況を深く理解し、自分の言葉で説明できるようになる。「変更点を説明できないなら、そのコードを所有しているとは言えない」。

これが作業の「輪(ループ)の中に居続ける」ための最良の手段です。

3. 喪失感と向き合う(Dealing with the grief)

初めてFableを本格的に使ったとき、私は大きな「獲得感」と同時に「喪失感」も覚えました。

AI以前の開発現場を思い返すと、まるで異国にいたかのようです。私は以前、Y Combinator出身の約30人規模のゲーム系スタートアップを経営していました。

https://www.playmultiverse.com/

開発には膨大な手間がかかるため、パフォーマンス改善か新機能か、常に厳しいトレードオフを強いられていました。数週間前、当時やりたかったことをFableと一緒にやってみたら、数週間かかったはずのことが数時間で終わりました。笑うしかない——正直、泣きたくもなりました。

私は手でコードを書くのが本当に好きでした。頭の中でシステム全体の構造を思い描き、回転させる感覚が好きだった。しかし同時に、深夜までデバッグに追われ、何週間も前進できず、ほとんどのプロジェクトが失敗し、ほとんどのスタートアップが死んでいくことも覚えています。プログラミングは根本的に、極めて難しい仕事でした。

あの手作りの達成感は好きでしたが、もうあの頃には戻れません。唯一の出口は、前へ進むことです。喪失は喪失として悼みつつ、作業のループの中に留まり、足かせを外し続ければ、私たちは必ず新しい高みに到達できます。その向こう側には、ずっと多くのものが待っているはずです。

4. 常識破りになる(Being unreasonable)

最後に、その「ずっと多くのもの」の話をします。私はこれを「常識破りになる(Being unreasonable)」と呼んでいます。

Anthropicの企業文化で私が好きなのは、「トレードオフは実在しない」と信じているところです。以前の会社では、私は非常に「分別のある(reasonable)」人間として優先順位をつけ、妥協を受け入れてきました。しかし——もし全部やったらどうなるか? 妥協を強いる側に、現実のほうを回してみてはどうか?

FableやClaudeの計算力は、私たちが無意識に受け入れてきた「常識」や「妥協」の前提を変えてしまいます。「うまい・はやい・やすい(good, fast, cheap)——2つ選べ」と言われてきた仕事で、いまなら「三方よし」を選ぶことができる。より野心的な仕事をするには、私たち自身が限界を決めつけず、思考の枠組みを組み直すしかありません。私たちが正しい道を進んでいると証明する唯一の方法は、人生で最高の仕事を、かつてない速さでやり遂げることだからです。

実はこの発表資料も、昨晩Fableを使って約4時間で作りました。想像以上に速く、しかも気に入る品質でできました。

ただし、ひとつ釘を刺しておきます。作ることは簡単になりましたが、真の価値を生み出すことは依然として困難です。 私たちはハーネスやツールの最適化に気を取られがちですが、本来の目的は「価値を生み出すこと」。何度もバットを振り、価値ある成果に挑戦し続けることこそが真の目標です。

世界は、この技術が一過性の流行ではなく、私たちをより生産的にし、時間を取り戻してくれるものだと証明されるのを待っています。私の今年の目標は、より高い成果を出しつつ労働時間を減らし、大切な人と過ごす時間を増やすことです。

ぜひ探索に出かけ、現実のものにし、そして——もっと常識破り(unreasonable)になってください。ありがとうございました。

https://note.com/o_ob/n/n440bd9b45e0c

訳注・ファクトチェックメモ

  1. 登壇者:タリク・シヒパー Thariq ShihiparX@trq212、GitHub: ThariqS)。Anthropic Claude Codeチームのエンジニア(Member of Technical Staff)。MIT Media Lab出身、YC出身のゲーム会社(約1,700万ドル調達)を創業・経営した経歴を持つ。AskUserQuestionツールの開発者としても知られる。
  2. 講演イベント: AI Engineer World's Fair 2026(サンフランシスコ)の基調講演 "A Field Guide to Fable"。動画は2026年7月6日(米国時間)に公開され、本人がXで告知。Fable提供再開の当日に合わせ、執筆中だった連載記事を一晩で講演に再構成したと報じられている。
  3. 「Fable」の正式名称: Claude Fable 5。Anthropicが新設した「Mythos」クラス(Opusの上位ティア)に属する最初のモデル。詳細は Anthropic公式発表 を参照。
  4. ポケモンの例: 約1,000種のうち英語名が "aw" で終わるのは Croconaw(アリゲイツ)と Drednaw(カジリガメ)の2種。講演内容と一致することを確認。
  5. システムプロンプト約80%削減: Claude Codeチームが自製品のシステムプロンプトを約80%削減した件は、講演および複数の講演レポートで確認。
  6. 発表資料を約4時間で作成: 講演レポートと本人の発言で確認。
  7. "Being unreasonable" の訳語: ビジネス文脈では「(従来の限界やトレードオフという)常識を拒み、途方もない要求をする」ニュアンスのため、「常識破りになる」を採用。

出典

 

Originally published at note.com/aicu on Jul 13, 2026.